枯葉を踏みつけたら乾いた音。
 一緒にこっそり割れたのはばかみたいに抱えっ放しだったプライド。

 

 

 

 

 

 

  

願わない

 

 

 

 

 

 

 

 

 秋がきた。
 低空飛行のように見えてとてつもなく高い空を飛んでいる関係は心地よく続いている。

 

 

「気持ち悪いやつだな。」

 

 

 空みてにやつくとかマジきもい。
 いつの間にか横を並んで歩いていた泉が心底嫌そうに眉をしかめてつぶやいた。

 

「そんなとこがすきでしょ。」
「心からきもちわりーよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 毎日、きみと俺は歩幅を合わせて歩く。
 どちらも相手に合わせようとしてちぐはぐになりながら。
 

 その瞬間、感じる違和感。

 

 目を背けるのは何もかもが恐ろしいから。
 臭いものにはふたをするのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、今日俺、夜遅いから。」

 今思い出したような声で言う。
 けれどその声色は残念ながらオブラートに包みきれずにあふれ出る。
 

「悪い、行けないんだ。」

 

 

 

 

 

 嘘だと瞬間にわかった。
 部活の予定なんて昨日今日に出るものじゃない。
 きっと一昨日、俺が家に誘ったときから解っていたはずの予定。

 

 

 

「ん、部活だろ。しょうがないよな。」

 

 

 

 

 ああほらまただ。
 耳障りのいい言葉で全部をなかったことにする。
 部活なんて行くなよ俺と部活どっちが大事なの。

 本当はそう言って詰め寄りたい。
 異常なのは解ってる。
 泉の中の部活と俺は同じフィールドにいないことだって解ってるんだ。
 

 

 

 

 

 

 それでも今すぐ肩を掴んで引き寄せて。
 通学路だからとかそんなこと、全部気にしないで。
 抱き締めて無理やりにでもくちづけてしまいたい。 

 

 

 

 

「ほんと、ごめんな。約束してたのに。」
「んや、いいって。オムライスはまた今度だなあ。」
 

 

 

 あー、くそ、食いそびれたー!なんて悔しがるフリはやめて。
 買ってしまった冷蔵庫の中の特製オムライスの材料に思いを馳せる。
 オーロラソースをかけて茹で海老を乗せて、ブロッコリーは柔らか過ぎる位に茹でて添えて。 

 

 きみの好みを全部盛り込んだオムライス。
 そこから零れ落ちてしまったのは俺だけ。

 

  

 

 

 

 

 

 ゆるやかに痛んでいくであろう冷蔵庫の中身。
 ああ一緒に腐って捨てられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はきみを選んだ。
 きみは俺を選んではくれなかった。


 俺は野球を捨てた。

 きみは野球を選んで、ぼろぼろになったミットと一緒に俺を捨てていく。

 

 

 

 

 進んでいくことが悪いことだとは思わない。
 けれど、俺の足はマウンドを踏みしめてサインを見詰めることができない。
 けれど、俺の腕は打者を射抜くように振り下ろすことができない。 

 

 

 

 

 

 今はいい。
 互いの気持ちも新鮮だし、何より俺達は青少年だから。
 よくもわるくも青いまま。
 

 でもこれから先は。 

 

 

 毎日俺は待つことになる。
 楽しくて、苦しい戦いから帰る泉をただ。
 いつここに来るとも知れないまま待つのだ。
 いつしか足が遠のいていってもそれに気付かずに、無意味に携帯を閉じたり開いたり。

 

 

 

 

 今だって、兆候はあるんだから。
 毎日、二人のちぐはぐな感じが強くなる。

 

 

 

  

「浜田、怒ってる、よな?」

 

 

 

 

 その聞き方は卑怯だよ泉。
 ニキビ跡のある頬に触れたい。

 

 

 

 

 でもそんなことをして嫌われるのが怖いから、出そうとした手をポケットに突っ込む。
 
 
「怒ってないよ。仕方ない。」

 

 

 

 

 

 

 

 お願い俺の顔を見て。 お願い気付いて。
 お願い一言でいいから。

 

 

 

「ん、ホントごめんな。じゃ、俺行くな。」

 

 

 

 

 

 

 お願い今すぐふりむいて。
 お願い。

 

 

 

 

 

 

 

 

お願い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小さな背中はグラウンドに消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 最近は毎日がこんな調子で、自分でもおかしいんじゃないかと思う。

 泉を中心に考えて、泉の笑顔が俺だけに向けられればいいと。
 同じだけのものを返してくれなくてはならないと義務のように見詰める。
 独占欲なんてものじゃない。
 そうあるべきだと。そうあらねばならないと。

 

 

 

 毎日を重ねる。
 しあわせを重ねる。

 しあわせは不安を連れてくる。

 

 

 

 

 

 お願いどうかどうか。
 俺だけだともう側から離れないと跪いて誓ってよ。






 

 

 





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜が身にしみこんでくるようだ、なんてちゃちいポエムみたいに思う。
 ベランダで煙草に火をつけた。
 自分の部屋なのにこうして外でしか煙草を吸わないのはきみのため。

 

 

 

 

 星が降りそうに光る。
 今の自分にはまぶしすぎて、思わず目を細めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何が足りないのか解らない。
 教わるものでもないから誰にも言わない。

 

 

 

 煙と一緒に吸い込む空気の冷たさに目が覚めるようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーまーだー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベランダの下から想う人声。
 まるでロミオとジュリエットだ。
 でもこれは後付で、何か思うどころか声も出なかった。

 

 

 

 

 

 

 

「さーむーいー!あけてー!」

 

 

 

 

 

 頷いてから急いで煙草を消して玄関に走る。
 泉がカンカンカン!と階段を上がってくる音に負けない速さで。
 はやくはやく、待たせるなんてとんでもないから。
 風邪でもひいたら部活に出られないじゃないか。

 

 

 

 

 

 

「さみー!」
「ばか!風邪ひいたらどうすんだ!」

 

 

 部屋に上げて今年初めて暖房を入れる。
 ああコタツを出しておくんだった。
 

 お茶お茶、とキッチンに走ると背中におかまいなくー、と声。
 構いたいんじゃなくて風邪ひかせたくないんだってば。






 

  

 

 

 

 お茶を淹れてやっと泉の隣に座る。
 勝手知ったる俺の家で、今日買ったばかりのゲーム雑誌をぱらぱらとめくっている。
 お、とかあーコレか、とか適当な独り言。
 ゲームなんて大して興味もないくせに。




 

 

 

「で、何しに来たんだよ、こんな時間じゃん。」
 時計は11時を指そうというころ。
 泉は風呂に入っているはずだ。いつもなら。


 

 

 

「んー、なんかお前、最近、おかしい、から。」

 

 

 

 

 

「今日も突然すっぽかしたみたくしちゃったし、気になって。」

 

 

 

 

 
 雑誌から視線は外れない。
 でも意識はきっちり俺に向いているのが、わかった。
 
 
 
 
 
「俺なんか、したかなとか、考えて。なんか。」
 
 
 
 
 言葉が途切れるのは、考えを言葉にできないから。
 一番近い表現は見つかるけれど、考えそのものの言葉がないから。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「こわいんだ。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 おれもだよ。
 
 
 
 
 
 こわくてまいにちねがうしかなかったんだ。
 きみがすべてをすてておれのものになることを。
 だってそれしかかいけつさくがみつからないから。
 
 
 
 
 
 
 
 
「俺もだよ。」
 
「泉に嫌われるのが、どんなことよりもこわい。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 同じこと考えてたのな、と泉が笑った。
 ちぐはぐな感じは消えていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 もうやめた。
 きみばかりに願うのは、もう、やめた。
 
 
 
 これ以上なんてあるわけがない。
 
 
 
 
 随分前から、もらいすぎなくらい、もらってた。
 
 
 
 





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((すきだよのことばだけが、ぼくらのものさしじゃない。))
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