忘れていた感情が、新しいものとして眼前に。
もはや塗り替えるまでもなくわたしはお前のものなのに。
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毎日毎日、飽きもせず紙の束は増える。
判を捺して右の山へ。
左の山から一枚取って、今度は2箇所にサイン、判はひとつ。
中尉の白い指が伸びてきて、こちらもご確認を、と空欄を指す。
溜息をこっそりとひとつ。判は今度はひとつ。
溜息に混じって、鼻歌。
いつもは全員がペンを走らせる音だけが響くこの部屋に、ちいさなうた。
誰も気にせずといった風情に、鼻歌にはいつしか歌詞が乗った。
ぼくだけがきみを笑わせるよ。
泣かせることは絶対にない、きみだけを愛する。
本当の愛はここにあるよ。
そんな風に誰かを見ないで。
きみを通り過ぎる誰かは僕ほどきみを幸せにできはしないんだ。
本当の愛はここにあるよ。
「ハボック。」
「…と、すいません。調子乗りました。」
ペンを止めて視線を送れば、気まずそうな笑顔が返ってきた。
また、執務室に沈黙が戻った。
時計の針の音すら遠慮がちに聞こえる、そんな沈黙。
「なつかしいな。」
「何がです?」
「昔、その歌を飽きるほど聞かされたことがあるのだよ。」
聞き飽きたと何度言っても奴は歌った。
これを彼女に捧げるんだと、次会ったら聞かせるのだと、何度も繰り返し繰り返し。
テンポを足で取りながら。
時々調子を外しながら。
何度も何度も愛をうたった。
「あの方のやりそうなことですね。」
ロマンスなど真っ向から否定するように、中尉がぽつりと漏らす。
「え、なしっすかね。歌うの。」
少尉が焦って立ち上がる。
「俺、歌う気満々なんですけ、ど!」
「お相手に因るんじゃないかしら。」
それから毎夜の歌声に悩まされたのは言うまでもなく。
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((平気な顔は演技ではない、嘘は苦手だよ))
歌詞部分は某洋楽を適当に和訳したもんです。
怖いからタイトルはひみつで。